2010年度のモータの改良は磁石の極数変更とバックヨークの材質変更を行うことにした。
最近ではソーラーカー駆動用モータの既製品において通称“89モータ”と呼ばれるモータが広まりつつある。89モータとは8極の磁石に対してスロット数が9の比率に配置されているモータのことで、つまり36スロットであれば32極になる。以下32極化したモータを89モータと呼ぶ。多極化による狙いは主にコギングの低減があると思われる。その他に、磁石を薄く作れる点があげられるがメリットとまで言えるかはわからない。ただし、極を増やすと単純にモータ1回転あたりに磁束をきる回数もあがるので鉄損失が上昇する。また、極数によっては磁束が有効に巻線と鎖交しにくくなる欠点がある。 現在使用しているモータは24極であり、89化すると32極となるのでコギングの低減を図ることができる。また、巻線係数が0.866から0.945に上がり有効磁束が向上すると思われる。巻線係数とは永久磁石から得られる磁束の利用率のようなものであり、古典的な計算法によって求められる。詳細については、赤津・涌井:巻線係数とインダクタンス係数を用いた多極多スロット集中巻SPMSMの簡易設計手法、電気学会論文誌D、127巻11号、2007、pp.1171-1179を参照してください。
2010年の磁石改良は上記のようにコギング改善が目的であったが、それよりも大きな理由として現在使用しているモータの磁石を5年以上も使用した経緯から年数劣化が考えられ、磁石とヨークを製作するプロセスを学ぶという意図からも一度全てやり通してモータを作り変えたいという気持ちからスロットはそのままに32極にして89モータとすることにした。
とはまでは決まったものの、あくまで素人なので本当に作れるのか不安はつきない。作っても効率良くなきゃ意味ないし、予算の無駄遣いである。作る前にはそれなりに妥当性のあるものにして計画的に設計する必要がある。今あるモータを32極化することによって問題は起きないのか。効率や出力密度は低下しないか調べる必要がある。通常であればここで、89モータにするにあたり磁石の再設計が必要であり、磁界解析が必要となる。ただ、辛うじて解析ソフトがある環境ではあるものの教えてくれる人もいないわけで全くの白紙から構築していかなければならない。
そこで、私なりに重要な点を押さえてその重要な点に沿う形で設計することにした。 重要なのは ・ 磁石が減磁しないということ ・ コアのティース部分が磁気飽和しないこと ・ ヨークが磁気飽和しないこと が重要である。
今回は改良ということもあり既製品とは形状が似ているので、とにかく参考文献は既に作られている既製品であり、既製品を観察することで出来るだけ多くのことを学んだ。
『減磁について』 磁石は減磁や磁石自体の機械的強度等を無視すれば厚み関係なく薄く作ってよい。しかし、実際は減磁や機械的強度の制約から厚みが決定する。減磁については、通常であれば磁石の特性から磁石の動作点等を考えなければならない。またギャップ長による影響もでる。 とにかく磁石を減磁させたくなければ、磁石の厚みを増やせばよい。荒っぽい言い方になったが、つまり減磁においては磁石の長さや高さは関係ないというわけだ。 89モータの既製品を眺めると2.5mmから2mmほど磁石の厚みがある。今回、89モータにするにあたり磁石の厚みを薄くしようとも考えたのですが、安全マージンをとって今まで使ってきた24極のモータと厚みは変えないで3mmとした。
『磁石の選定とティースの磁気飽和について』 解析は卒業研究の合間に、こっそり時間を見つけてはいろいろとやってみました。使っているソフトがAnsonftだったのですが、これがまた思った以上に大変でCADから図面を取り込むのに一苦労で磁性材料のデータないので全て手入力したのだけれど、一番難しかったのは解析ソフト内でモータを回すことで、実際に駆動回路を構成させて負荷電流を流さなくてはなりません。英語で意味不明なうえにエラー吐きまくって思った以上に全然進まず、先生に聞いても先生の方がよくわかってない。頼りは英語の説明書だったのですが時間がかかりすぎたので取り敢えず磁石の強さは現状維持で、モータは発電機として回転させて磁気回路を見てみました。
最終的な磁石の選定ですが、耐熱強度の良いものを選定しました。 材質:ネオジム磁石 N-41H 磁石の依頼は二六製作所というところで、オーダーメイドで製作してくれます。 さらに今回は磁石を分割して積層化することにしました。これは、本田技研の技報より学んだ手法で磁石を軸方向(高さ方向)に分割することで渦電流を低減するのが目的です。この分割化は一般的にはIPM(埋め込み磁石)にて行われる手法です。それは磁石を分割することで同方向に同じ極が向き合うため磁石同士が反発するからで、圧入ができるIPMでないと製造が難しいからです。ソーラーカーのモータはSPM(表面貼り付け)なのでヨークへの貼り付け作業は困難であることは容易に想像できましたが腹をくくって分割化することを決意しました。 分割化することで多極化の際の渦電流による損失の低減を図ることとしました。渦電流の低減で磁石の発熱を低減できるため減磁の要因を減らす目的もあります。分割数は多ければ多いほど低減することができますが、今回はコアの高さ30mmに対して5mmに分割した磁石を6枚積層することにしました。また積層する磁石には、Niメッキ処理の他にエポキシ処理を行い絶縁処理を行いました。
『ヨークの設計について』 ヨークの設計で重要になるのは、機械的強度の維持と磁束が外部に漏れないことが重要です。鉄は炭素の含有量によって、硬さと磁束飽和密度が変わってきます。磁束の通りやすさと機械的な強度はトレードオフで、硬ければ機械的な強度は保たれるので薄く作れても磁束が外部に漏れたり、一方で炭素の含有量を減らして薄くても磁束が外部に漏れないヨークが作れても機械的強度が保てなくて壊れてしまうという難しさがあります。 改良前のヨークはS20Cが使われていて、改良後のヨークはS10Cを検討していました。しかし、S10Cはあまり使われない素材で径が200mmもあるS10Cは加工屋さんに聞く限りないと言われ、さらにS15CまたはS20Cも材質が手に入らなく、納期等も含めて検討した結果、仕方なくS25Cで製作しました。 ヨークの厚みは磁界解析の結果によって決めました。といっても、磁石の強さが若干変わった程度だったので従来品の5mmと変わらない厚みで設計しました。 ヨークは通常錆びないように表面処理をするのですが、ニッケルメッキでは普通過ぎるのでTiN(窒化チタン)加工にて表面処理を行いました。対磨耗、対錆に強く、硬度が増すだけでなく見た目も金色になるのでとても綺麗です。
次に磁石の貼り付け作業について説明します。 図1は二六製作所から届いた磁石です。内径がN極のものとS極のもが判別がつくように側面に黄色いマジックで記しを入れます。これで仮に磁石が混ざってもN極S極の判別がつきます。
図1 届いた磁石
磁石は焼結で製造しているため寸法公差が大きく、実際に設計するには寸法公差を磁石製造元と入念に話し合いをする必要があります。今回使用した磁石は半径に±1°の寸法公差があり頭を悩ませました。磁石の寸法公差の問題は多極化するほど深刻になります。仮に全ての磁石が1°大きい寸法で揃った場合、32極だと32°も想定よりも大きくなります。こうなるとヨークに貼り付けることが出来ません。逆に1°小さい寸法で揃った場合はヨークに貼り付けると隙間だらけになってしまいます。32極の場合、1極あたり磁石の角度は11.25°となりますが、ヨークに収まりきらないという最悪の事態を避けるために11°としてマイナス公差に振ってもらい発注を行いました。 図2に実際に磁石をヨークに配置した写真を示します。白い仕切りは、磁石の隙間を埋めるための非磁性体です。実際にヨークと磁石を接着剤で貼り付ける前に必ず仮組みを行います。非磁性体はプラスチックで磁石の厚さ、高さに合わせてカットして挟みながら並べていきます。接着剤はアラルダイトを使用するのがよいですが、今回は32極の磁石を6分割し1個のモータあたり200個近い磁石を貼り付けする必要があり、硬化待ちに1日かかるアラルダイトでは時間がかかり過ぎるため、通常のエポキシ樹脂の5クイックを使って接着を行いました。
図2 磁石の配置と非磁性体 実際に配置させて問題ないことを確認したあと貼り付け作業に入ります。ここからが大変な作業です。分割されていない磁石の場合はここでペタペタと手で貼り付けて終わりですが分割している場合、反発する磁石を抑えながら一個ずつ硬化を待ち、硬化を待ってから順々と貼り付けていかなければなりません。今回は反発する磁石を押さえつけるために厚みのあるプラスチックの棒を切り出して磁石に接着剤を付けた後と押し込み、プラスチック製の小型クランプで無理やり止めて硬化させました。
図3 磁石の貼り付け作業 図3及び4に磁石の貼り付けと硬化待ちの図を示します。図5は作業風景です。硬化だけで5分以上かかる磁石を約200個貼り付けなくてなりません。クランプだけの力では止まらないこともしばしばで手で押さえながらひたすら張り続ける気の遠くなる作業です。
図4 硬化待ち
図5 作業風景 完成後の写真を図6及び7に示します。分割した磁石の貼り付け作業は難しかったが気合と根性でなんとか貼り付けることが出来た。ただ、磁石の隙間は既製品と比較すると我々が製作した磁石の方が隙間は大きく、次回作る際は改善したい。中国等では磁石の角を削って最終的に隙間なく寸法を合わせたりするらしい。ちなみに図6にて巻いてある巻線は現在開発中の新型巻線で特殊加工がされており色がとても濃いです。
図6 24極と32極の比較
図7 完成後の比較 2011年1月6日
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